けしごむかすの洪水

アラサーOLはシンプルに生きたい

ちっぽけで愛しい人間たち『子午線の祀り』感想

f:id:kamogawa555:20210314224732j:image

私はもともと平家物語が大好きで、平知盛が主役の舞台があるらしいと「子午線の祀り」という作品名だけは知っていた。

最近になってミュージカルから成河さんのファンになり、今回の再演のニュースを聞き、平家物語×野村萬斎さん×成河さんなんて見るっきゃないと飛びついた次第。

 

しかもこのご時世の中、地方公演までしてくれるというので、3/4(火)の愛知公演を観劇。

普通に公演してくれるだけでも有り難いのに、地方公演までしてくれて、関係者の方々には本当に感謝しかない。

 

ということで舞台の感想。

 

平家と源氏の最終決戦において、 当日の潮の流れが勝敗を分けたという説がある。

人間がどれだけ努力しても、無機質に巡る天体の動き、自然現象が大勢の生死を決めてしまうなら残酷な話だ。

子午線の祀り」はこの説を軸に、祈り、奮闘しながら大自然に翻弄されるちっぽけな人間たちの姿を描き、人生の愛しさを伝えてくれる作品だった。

 

舞台の初めに、客席からシャツ、ズボン、マスクという現代の格好をした役者達が1人、 また1人と舞台の上に集まってきて、モノローグが入る。

 

地球の中心から延びる一本の直線が、地表の一点に立って空を見上げるあなたの足の裏から頭へ突きぬけてどこまでもどこまでも延びて行き、無限のかなたで天球を貫く一点、天の頂き、天頂。

 

語られるのは800年以上前の出来事だけど、観客の我々もつい自分にかかる重力、そして宇宙へ思いを馳せてしまう。

そして長い舞台の最後には、役者がまたマスクを着け、 客席へ散っていく。
つい他人事で物語を観てしまう観客達に「コロナ禍を生きる我々も同じように自然に翻弄されながら懸命に生きる仲間なんだよ」と伝えているように感じた。

 

舞台のセットはシンプルで、傾斜のある大きな半月の盆が2つ。ゆるゆると回る2つの半月が時には波、時には月に見えて、素敵だった。

私は前方の席だったので下から役者さん達を見上げる状態だったけど、後方の席から舞台を見下ろすと暗い床に空や役者さん達が写りこんで水面のように見えるらしい。上の方からも観たかった~!

 

登場人物ごとの感想

 

平知盛野村萬斎

囁くような静かな声なのに、一言一句が耳を通して身体に染みていくかんじ。武者としての動と、滅びゆく者としての静が同居した存在、という印象。

壇ノ浦の戦いが始まるときの、扇を構えた姿がピシッとしていて格好良かった。コロナ対策で役者の人数を減らしていると聞いたけど、あのシーンは源氏平家勢揃いで、迫力のある屏風絵を観ているよう。

 

知盛はあまり刀を抜くシーンが無かっただけに、 影身を殺害した民部に対して刀を抜いたときには怒りが痛いくらい伝わってきた。

 

個人的には「影身よ、俺こそ真実お前を愛している」の愛の台詞、結構唐突に感じてしまったなあ。知盛の目線や言葉から影身への愛は十分伝わってたので、ちょっとド直球すぎて白けてしまったような。いやいや君、大きな子どももいる身でしょ、高校生の青春かよみたいな。側室の文化がない現代の価値観で見ちゃうのも良くないけど。

 

源義経:成河

尖ったナイフ系の苛烈な義経

周囲がやれ逆櫓を付けろ、やれ水夫を殺すのはルール違反と古臭いことを言う中で、義経はそんなの知ったこっちゃないと突き進む。

駆けつけた船所五郎に対して大感激するのに、直後には五郎の忠告なんて全く聞かず反論するなら切り捨てそうな勢い。演技で人を騙そうとしてる訳ではなく、どの瞬間も全て本気なので余計怖い。

義経もここで勝利しないと兄上に捨てられるので必死。(結局勝利しても捨てられるんだけど)

 

平家物語では、おっとり貴族の平家VS荒々しい坂東武者の源氏、と対比されることが多いけど、「子午線の祀り」では、源氏(義経)の荒々しさが特に強調されてたと思う。

 

この日は、たまたま義経に追い風になっていたから勝てただけで、結局義経もこの世の法則からは逃れられない。途中、頼朝に信頼されないことに困惑し、「 俺は一体どうすればいいのだ」と漏らしたりと、 今後の雲行きは怪しい。

 

「御曹司~!!」 とせっつく景時から逃げ回ったり、景時と言い合いながら段差を昇って高さを張り合ったり、景時とのやりとりはトム&ジェリーっぽさがあって可愛いかった。

 

平宗盛河原崎國太郎
いや~可愛かった!

総大将なのに気弱で頼りない宗盛。

そして私が平家物語で一番好きな人物。

武士の話って自己犠牲のオンパレードで、経盛や宗盛たちの見事な散り方は確かに美しいんだけど、ちょっと別世界の物語に見えてぽかんとしてしまう。

そんな中、入水することもできず、ぱちゃぱちゃ泳いでいる情けない宗盛の姿に「そうだよね、死にたくないよね、怖いよね」と人間としての親近感が湧き、ぐぐっと哀しくなってしまう。


今回、宗盛の頼りなさ以外にも、民部の裏切り、潮の流れなど、もっと目立つ平家敗北の原因があったので、そこまで悪く書かれておらず、可愛いさを堪能しました。

・阿波民部

物語が知盛が息子・知章を犠牲にして生き延びたシーンから始まり、民部が保身の為に平家一門への裏切って終わる。そう思うと、民部の裏切りもまた必然だったのかもしれないと思える。(知盛の場合、知章より大将軍である知盛が生き残るべきという戦略的な面もあったと思うので、民部の裏切りと全く同じって訳ではないけど。)

 

全体的に笑えるシーンが少ない舞台なので、「民部でございます。」のシーンは笑った。萬斎さんのモノマネも上手い。

 

・弁慶

脇役ながら、存在感バッチリでかっこいい。

いわゆるザ・弁慶なゴリゴリマッチョ野蛮おじさんではなく、シュッとしたスマート弁慶……!

荒々しい義経と、落ち着いて知性のある弁慶のコンビ、お互いを引き立てあってて凄く良かった。

 

・影身

神秘的な雰囲気が素敵。影身の死後に登場しても、不思議と違和感なく受け入れてしまう。

そもそも名前が良いよね。知盛の「影見よ」と呼びかける声、影身という女性に語り掛けているのか、 自分の内面に語り掛けているのか、 どんどん境界が曖昧になってくる。

 

ちなみに上演時間は3時間半。

そこまで長くは感じなかったけど、コロナ前はこれより長かったらしい。これ以上長かったらちょっと集中力を保てた自信がない。

 

コロナのせいで色々制約があっただろうに、全くそれを感じさせないほど完成していて、製作者達のプロ意識に感動。

また再演したら絶対見に行きます。